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少女から助けを求めるメッセージを受け取ったフライトアテンダント – 彼女は迷うことなく即座に行動を起こします

キムにとって、フライトアテンダントは最高の仕事です。キムは自分の仕事が大好きです。ある時はアメリカにいると思えば、次の瞬間にはロシアで仕事をしている。この仕事の魅力はそういうところにありました。

たまに厄介な乗客に出会うこともありますが、キムはそれも仕事のうちと割り切って対応します。また、滅多にないことですが、非常に特別な事態を体験することもあります。例えば、2014年のある日、キムは、飛行機の通路で「助けて」と書かれた紙を手にします・・・

紙を見つけた彼女は、周辺を見回します。そして、助けを求めている人を即座に見つけます。

間一髪の危険な事態が起きていたのです!

その日キムが搭乗したのはPX354便で、すべてが順調に進んでいました。どのフライトでも、多少なりとも奇妙なことが起こるものです。

例えば、数週間前の便では意識を失った乗客がいました。そのすぐ前の便では、気分をひどく悪くしてしまった人が通路で嘔吐するということがありました。

乗客をうまく落ち着かせるのもキムの仕事の一部です。その点でキムはとても優秀でした。

学生時代から、人の話を聞くのが上手で人を安心させるのに長けている、とよく言われました。

そのスキルは、このフライトで起こった事態に対応するのにとても役立ったのです。

7時間のフライトは順調でした。多少、気流の乱れがあったものの、乗客からあまり大きな文句などは出ていませんでした。

飲み物に入れた氷が足りないとか、お茶がぬるすぎたとか、そういった些細な文句はありましたが、キムはそうした問題を手早く解決していきました。

もうすぐ目的地に到着というときになって、キムはあることに気付きます。飛行機の最前列に座った少女がずっと紙に向かって何か書き物をしたり、絵を描いたりしているのです。

長時間のフライトでは普通、機嫌を損ねる子供が多いのですが、この幼い少女は一度も駄々をこねたり泣いたりしていないのです・・・

キムは注意深くその少女の様子を見つめました。すると、その子はキムを見つめ返します。そして、不可解な行動を取ったのです・・・

それはまるで、その子がキムに何かを伝えようとしているかのようでした。彼女の隣に座り眠っている男性をびくびくした様子で見た後、キムをもう一度見つめます。

少女は、キムに何かを分かってもらおうとしていました。けれどもキムにはその子が何を言いたいのかが分かりません。少女は、しばらくの間キムを見つめた後、隣の男性に目を向ける仕草を何度か繰り返しました。

隣に座っているのは大柄の背の高い男性でした。黒い髪で黒縁の眼鏡をかけています。だいたい50歳くらいだろうとキムは見当をつけました。

この男性は一体誰なのでしょうか? 少女の父親? キムは慌てて考えを巡らせます。

この子は一体キムに何を伝えようとしているのでしょうか?

キムにはどうすればいいのか分かりませんでした。少女がキムに何かを伝えたがっているのは確かですが、どうやら何かに怯えて言葉にできないようです。キムは状況を少しでも理解するため、何か飲み物が欲しいかどうか、少女に聞いてみることにしました。

けれども、キムが口を開こうとしたとき、少女は声を上げないよう手ぶりで示したのです。

キムは急いで口を閉じ、この子が尋常ではない事態に巻き込まれていることを確信します。少女は隣の男性が目を覚ますのを恐がっているようです。

状況を察したキムは、少女に手ぶりであることを伝えます。これがこの子を救うことになるのです。

キムは、言葉にできないことを紙に書くよう、少女に手ぶりで伝えました。少女の目の前には色鉛筆やペンがあります。ですから何が起きているのかを紙に書いてキムに伝えることができるはずでした。

その子は不安そうにキムを見つめ、隣に座る男性を見やりました。そして、ゆっくりと慎重に黒いマーカーを手に取ると、紙に何かを書き始めました。

キムは息をのんでその様子を見つめました。少女が紙の上に覆いかぶさるようにして字を書いているため、キムにはその内容が見えません。
少女が何かを書いている時間は、とても長く感じられました。ようやく小さな少女は震える手でその紙をキムに渡しました。

紙に書かれていたのは、「助けて」という文字でした。キムは、手遅れになる前にすぐさま行動を起こさなければならないことを理解しました。

渡された紙を見たキムは、少女を見返しました。キムはこの時初めて、少女の目に浮かんでいた不可思議な感情の正体に気付きます。それは恐怖だったのです。

少女は何かを、あるいは誰かを恐れていたのでした。あまりの怖さに、声を上げることもできず、書くことしかできなかったのです。

キムは、心配しないで大丈夫、と少女に手ぶりで伝えました。キムには考えがあったのです!

飛行機はもう少しで目的地に到着してしまいます。大勢の人の協力を得なければならないため、キムの計画は容易には成功しないかもしれません。

まずは、少女の隣に座っている謎の男性について調べてみる必要がありました。

キムは急いでコックピットに向かいました。そこで、同僚やパイロットたちに事情を話しました。皆、少女が大変な事態に巻き込まれているのは間違いない、と考えます。

コックピットの専用電話を通じて、キムは目的地の空港に連絡を取りました。

事情を詳しく説明して助けを求めます。空港のスタッフに、少女と彼女と一緒にいる男性が誰なのかを調べてもらう必要があったのです。

男性がチェックインした時に使った名前、さらに彼の最初の出発地がどこだったのかを確認するよう要請しました。すべてを調べるにはしばらく時間がかかります。

その間、キムは幼い少女を見守ることにしました・・・

コックピットを離れたキムは少女の様子を見に行きました。彼女はまたお絵描きを始めていました。それだけではありません・・・ 少女の隣の謎の男性が目を覚ましていたのです! そして、幼い少女の様子を注意深く監視しているようでした。

キムは、できるだけ自然を装って状況を観察しました。男性の挙動が怪しかったためです。彼は、お絵描きをする少女をじっと見つめています。

彼がどのような反応をするか確かめようと考えたキムは、彼の側まで行くと何か飲み物が欲しいか尋ねます。すると、彼はイライラした様子を見せ、激しい口調でキムに言い返しました。「飲み物が欲しければ、言われなくてもこちらから注文しますよ!」

キムの嫌な予感がますます膨れ上がってきました・・・ この男性が何かを隠しているのは確実でした!

突然の剣幕に驚いたキムは男性に謝り、コックピットに戻りました。空港ではこの男性についての情報を手に入れることができたでしょうか? この男性が誰で、少女とはどのような関係なのか突きとめることはできたのでしょうか?

キムがコックピットに入った途端、電話が鳴りました。情報が入手できたようです・・・
「問題の2人がチェックイン時に使った名前がわかりました。カール・イーストウィックとジェニファー・ピーターズです。」

キムにはその名前に心当たりはありませんでしたが、2人の名前について奇妙なことに気付きました。

この男性が少女の父親ならば、姓は同じはずではないでしょうか?

けれど情報はそれだけではありませんでした・・・

空港スタッフは、2人の乗客の名前を突き止めただけでなく、2人の名前をインターネット検索にもかけていました。

少女の名前を検索すると、いくつかソーシャルメディアのチャンネルがヒットしたのです。目についたのは「ロクサン・ピーターズ」という人物のソーシャルメディアのページでした。

そこには問題の少女と、少女の姉と弟の写真が何枚か投稿されていたのです。中には両親が写った写真も何枚かあります。

空港のスタッフは、少女と一緒にいるカール・イーストウィックという人物が投稿写真に写っているかどうかを調べてみました。けれども彼の写真はどこにも見当たらなかったのです。

さらに、少女の母親のフェイスブックのページを開けてみたところ、そこには悲痛なメッセージが投稿されていました・・・!

「行方不明!

私たちの娘、ジェニファーがもう24時間も行方不明になっています! 友だちの家に遊びに行った後、家に戻ってきませんでした。2人は一緒に森で遊んでいたのですが、それ以来ジェニファーの姿を見かけた人がいません。

それから丸一日が経過し、ジェニファーの行方はまったく分かっていません。私たちは絶望の淵にいます! 私たちの娘はどこにいるのでしょう?

何か情報のある人はいませんか? 昨日の午後3時から4時の間、森で娘を見かけた人はいませんか? 下の電話番号まで、連絡をください。」

キムはそのメッセージを読んで、体中が震えました。この子は行方不明になっている!

誘拐されたんだわ!

少女を連れている男性、カール・イーストウィックに関する情報もありました。彼のソーシャルメディアのページも簡単に見つけることができたのです。

彼は独身でした。ここ数年の間に投稿した内容から、彼は4歳になる娘を白血病で亡くしていたことが分かりました。

ソーシャルメディアによれば、彼の娘が亡くなったのは数年前のことでしたが、最近の投稿はどれも、とても暗くて気の滅入る内容のものばかりでした。

キムがこの情報について考えているところへ、パイロットがあることを告げます。まもなく着陸しなければならなかったのです! もうすぐ目的地に到着するため、飛行機の高度を下げ始めなければなりません。

このまま何もせずに目的地に到着させるわけにはいきません。

空港通信センターのスタッフは、周辺を周回し、着陸の合図を待つよう、パイロットに指示しました。

空港では、カールが飛行機から降り次第、すぐに逮捕できるよう、急いで警察の手配をしていたのです。

飛行機が空港の周りを周回していることについて、言い訳を考えて乗客に説明するよう、キムは指示されます。彼女は、着陸の順番を待たなければならないこと、飛行機の到着時刻が10分遅れることを乗客に伝えました。

キムはそのアナウンスをする間、カールのことをそっと観察していました。彼は気付いたでしょうか? けれども、いろいろと考えている時間はありませんでした。

すべての準備が整ったのです・・・ 飛行機は着陸の許可を得ました!

少しずつ飛行機は地上に向かって下降していきます。飛行機の高度が下がるにつれ、キムの不安は大きくなっていきました。

少女と目を合わせようとしてみましたが、少女はフライトの間中ずっとそうだったように、お絵描きに集中していました。

滑走路が見えてきました。心臓が胸から飛び出してしまうのでは、と思えるほどキムの鼓動は高まっていました。フライトアテンダントの仕事で、これほど緊張する事態を体験したのは初めてでした。

あと50メートルで飛行機が地上に降り立ちます。

50メートル・・・ 25メートル・・・ 10、5、1・・・ キー!飛行機は無事地上に着地しました!

けれども、ここからが正念場です!

飛行機が停止すると、キムは少女と男性のことだけを見ていました。男性は緊張し、落ち着かない様子でした。

少女はとても静かにていましたが、おどおどして今にも泣き出しそうな様子でした。

ほんの一瞬、キムと少女の目が合いました。キムは何もかも大丈夫、と伝えようとしました。けれどもその瞬間、少女はまた目をそらしてしましました。彼女はひどく怯えていたのです!

乗客は皆立ち上がり、誰もができる限り早く飛行機から出たいと思っているのは明らかでした。カールとジェニファーは最前席に座っていたため、飛行機から最初に出ることができます。ドアが開きました・・・

そして機内は一瞬にして騒々しくなります・・・

「警察だ! 手を背中の後ろに回せ! カール・イーストウィック、ジェニファー・ピーターズ誘拐の容疑であなたを逮捕します。あなたには黙秘権があります。あなたの発言は、すべて法廷であなたに不利な証拠として利用される可能性があります。あなたには弁護士を持つ権利があります。弁護士を雇うことができない場合は、専任弁護士が付きます!」

4人の警察官は飛行機に乗り込むと、逮捕の際の決まり文句を述べてカールをねじ押さえました。不思議なことに、カールは逮捕にまったく抵抗しませんでした。

キムが大急ぎでジェニファーのところへ駆け寄ると、ジェニファーは大声で泣き始めました。ジェニファーは、ここ何時間もの間、感情を表に出さずにいたのです。何時間もの間、恐怖に震えていました。しかし、キムが助けてくれたおかげで悪夢は終わったのです。

さて、事件にはどのような真相があったのでしょうか?

その日、ジェニファーは友達と遊んでいました。2人が遊んでいたのは、家の近くの森の中でした。2人はかくれんぼをしていました。順番に隠れては、どれだけ早く相手を見つけられるか、競争していたのです。

ジェニファーが鬼になる番になり、彼女は目を閉じて数を数え始めました。その時、突然、事件は起きたのです。

ジェニファーがもうすぐ数を数え終わろうという時、急に手を引かれたのです。まるで人形みたいに引きずられるようにして見知らぬ男の人に連れて行かれてしまったのでした。その男性がカールだったのです。

ジェニファーは、カールのことを知らなかったので、泣き始めました。この人は誰? なぜ私を連れて行こうとするの?

すると、その男の人がジェニファーに語りかけ始めたのです。

ようやく見つけた。お父さんはお前のことをずっと探していたんだよ・・・

その男の人はジェニファーのことを自分の娘と呼び、とても大切に扱ってくれました。食べ物や飲み物を与え、何時間も自分のことについて語り続けました。

彼の話し方は少し奇妙なところがあり、ひどいどもりがありました。それに、彼の機嫌には大きな波がありました。とても優しいかと思うと、急に怒鳴り散らしたりするのです。

ジェニファーが泣きながらお母さんとお父さんのところに帰りたいと言うと、彼の中で何かがキレたように言いました。

「だめだ、もう絶対にお父さんの側から離れることはできないよ。もう2度と手放すものか」彼はそう言いながら、2つのスーツケースに荷物を詰め込みました。

「お前は永遠にお父さんと一緒に暮らすんだ! 明日から旅行に行くぞ!」

幸い、幼いジェニファーの試練は終息を迎えました。カールは、逮捕されて警察署に連行されました。彼はまったく抵抗しませんでした。ただただ悲しがるばかりでした。

彼は涙を流しながら、また娘を失ってしまう、と叫び続けていました。事件後にキムが知ったことですが、その男性はあまりに大きな悲しみのせいで様々な妄想を持つようになっていたのでした。

森の中を散歩していた際、亡くなった娘によく似た少女を見かけて、娘が戻ってきてくれたと錯覚したのです。ですから、ジェニファーを誘拐した時のカールは自分が何をしているのか理解していない精神状態だったのです。彼は自らの精神の病が生んだ被害者だったのでした。

幸いなことに、ジェニファーは無事に保護されました。そして、残されたやるべきことはただ1つ・・・ ジェニファーの無事を少女の両親に知らせることです!

電話の呼び出し音が2回鳴っただけで、相手が出ました。「もしもし?」電話の向こうから女性の声がしました。電話をかけた警察官が、心配する両親に事の経緯をすべて説明しました。

少女の両親は、娘が見つかったと聞いて安心したようです。安堵の泣き声が大きく響き、離れたところにいたキムの耳に届いたほどです。

けれども、この後どうすればよいのでしょうか? 幼い少女は、両親から8時間も離れた場所にいて、回りは彼女の見知らぬ人ばかりです。けれどもその時、幼いジェニファーがようやくしゃべり始めました。

「あの人!」ジェニファーはそう言って、キムのことを見つめました。「あの人について来て欲しいの!」

飛行機の一番後方で、キムは幼いジェニファーの隣に座りました。2人は飛行機で手に入るものすべてを食べたり飲んだりして楽しく過ごしました。

キムは真の英雄でした。彼女の鋭い警戒心のおかげで、ひどい悲劇を未然に防ぐことができたのです。

飛行機が着陸すると、ジェニファーの両親は少女に向かって泣きながら走り寄りました。ひとしきり抱きしめ合った後、両親はキムに心からお礼を述べました。

キムがいなければ、この物語の結末はまったく異なるものになっていたかもしれません。事態がうまく収束したのは、すべて彼女の努力のおかげだったのです。